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よこしまちゃんぶろぐ

自己顕示欲ビンビン丸

「これは私の唯一の希望だから」

自分の目の前にいる恋人が、ある日を境に自分を恋人の対象として見てくれなくなってしまったら。恋人を恋人として愛しているのは自分だけ、その相手が抱く自分への愛情が恋愛とは別のものであることを知った上で、同じ家に暮らして同じ時間を過ごしていく人生を送る運命になったら。

それってもしかしたら、恋人同士が愛しあえなくなって普通にお別れするよりもうんと辛い事なんじゃないだろうか。

映画『リリーのすべて』予告編 - YouTube 

世界で初めて性転換手術をした男性とその奥さんが送った、実話からインスパイアされたラブストーリー。

この映画の主人公はもちろん「リリー」なわけなんだけれど、なんだかどうしても、そのリリーに寄り添って生きた奥さんの気持ちばかり考えてしまった。

きっかけは画家である妻のゲルダが、夫のアイナーに脚のモデルをしてもらおうとストッキングを履かせてドレスを着せたこと。女性の服を身に纏った自分の夫が自分の中に隠していた本当の性に気がついてしまった、そんなことが実際に起きたら、軽い気持ちで行った自らのその言動をどれだけ後悔するんだろう。

 

この映画には「感動の物語」「究極の愛の物語」と美しいキャッチコピーがよく飾られていたけれど、素直に美しさだけを受け取れないのは私だけなのか……

リリーが性転換手術を受ける為に1人で汽車に乗って病院へ行く日「貴方が本当の私を気付かせてくれたの」と、まるで女性になった夫に感謝される妻はどんな気持ちになるんだろう。いくら献身的になろうと努めても「もう君が望む人間にはなれない」「貴方が愛した男はもう死んだの」なんて事まで言われてしまう人生ってなんなんだろうか。女性になった夫に「私、いつかは結婚して子供を持ちたいの」と女友達のように相談される人生って、もし私が言われたら、それでもそばに居られるだけで素直に幸せって言い切れるんだろうか…。

この物語は周囲の目に屈せずアイデンティティを見出して行くリリーの生き様を美しく描いた作品であることは確か。けれど、奥さんであるゲルダの目線で観ると「純粋な感動の物語」と綺麗な言葉で片付けていいのか分からなくなる。彼女の愛の矛先は間違いなく彼だけに、それも女性である自分に気が付いた「リリー」ではなく、自分を妻として愛していてくれていた頃の「アイナー」に向いているのに、受け取ってほしい形で受け取ってもらえないのだからその愛はどこに向かえばいいんだろう……。

 

それでも、日に日にもう1人(本当の自分)である「リリー」に思考や心が傾いていく夫のその変化を一番近くで見続け「アイナー」から「リリー」になった愛するその人のことを生涯愛し続けたゲルダ。彼女は一生涯彼を愛し続け彼の肖像画を描いて人生を送ったそう。映画でも終盤のゲルダはもう「アイナー」ではなく「リリー」に寄り添って生きていた。苦しみながらも愛する者のために献身的に生きることができる女性はとてつもなく、凄まじく、潔く、かっこいいと思った。

 

ところでこの映画、性同一性障害ではない私はついゲルダの目線で鑑賞してしまって彼女の不憫さに心を痛めてしまうけれど、性の不一致を感じて生きている人が観たら、リリーに自分を重ねて「希望の物語」として受け取るんだろうか。周りに性同一性障害の人が居ないけれどその当事者がどう観るのかが気になる。

 

日本でもいつだったかバラエティを見ていた時に深夜のゲイバーに潜入取材していて、そこで「息子が成人した年に本当の自分をカミングアウトしたのよ!!」と言って笑ってたオカマを未だに覚えてるんですが、あれは、数十年人生を共に歩んできた旦那に自分はゲイだとカミングアウトされた妻はどんな心境になるんですかね……。

 

精神病界隈ではとても多くの人口が居るとはいえ、やっぱりLGBTっていうのはストレートの異性愛者からしたらとてつもなく未知の世界というか、理屈だけでは追求しても仕切れない部分がある。他の人は知らないけど少なくとも私はそう。きっと実際は偏見や勘違いの塊だと思うし、だからこそ十分な理解があるだなんていう発言は安易に出来ない。

 

リリーのすべて」では女性を愛していた男性は本当の性に気づき女性になるにつれて妻への恋愛感情を失くしてしまったけれど、グザヴィエ・ドランの「わたしはロランス」ではかたちがまた違う。彼女に女装癖をカミングアウトした彼氏は喋り口調も身に付けるものも完全に女性だったけれど、生涯彼女だけを「恋人」として愛し続けた。姿が女性になってからも交際をしたのは女性だけだったのできっと両性愛者でもないんだろう。

 

自分を追い求め続けたリリーと、自分を追い求めるリリーを見守り続けたゲルダの物語、『リリーはいいけれど、ゲルダはどうなるの…』『ゲルダを愛して居た頃のアイナーは本当の姿ではなかったの…』と、性同一性障害の人を愛した人の目線に立って見始めたら切なさばかりが止め処なく溢れてきてしまうけれど、どんな人でも一度観る価値はあると思う。観終わった後、感じたことを誰かとシェアしたくなる作品だった、そういう作品はあまり出会えないのでこの出会いを大切にしたい(「わたしはロランス」も同じく)。

愛情の矛先の行き違いはすぐに起こる。誰にでも起こる。だけどそれでも愛を貫き通したい人に出会える人生って、すごいな。

 

 

自分は心から恋人のこと愛してるかな

結局何度繰り返しても利己的な恋愛しか出来ていない気がするな

 

 

 

追加(2017/2/12):

先日ほかのひとの批評を検索したら衝撃の事実(なのか?迷信?)を知ってしまったので、これは記すべきなので残しときます。

リリーのすべて(真実は映画とは別物だった) - わにの日々-アラフィフ編

なぜ妻は性転換に積極的だったのか? 実は嘘だらけ? 「リリーのすべて」に隠された真実を徹底解説!! - Machinakaの日記

どう捉えるかはひとそれぞれ…

書いたことと異なりますが実話として観ない方がいいかもしれない。